大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)6517号 判決 2000年10月30日

原告

松下電送システム株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

小原望

東谷宏幸

右訴訟復代理人弁護士

岡澤成彦

高橋建嗣

右補佐人弁理士

【B】

【C】

被告

オリンパス光学工業株式会社

右代表者代表取締役

【D】

被告

セイコーインスツルメンツ株式会社

右代表者代表取締役

【E】

右両名訴訟代理人弁護士

古城春実

右両名補佐人弁理士

【F】

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、別紙被告物件目録一、二記載の物件を製造、販売、貸し渡し、販売若しくは貸渡しのために展示、広告してはならない。

二  被告らは、その占有する別紙被告物件目録一、二記載の物件を廃棄せよ。

三  被告オリンパス光学工業株式会社は、原告に対し、金二億円及びこれに対する平成九年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告セイコーインスツルメンツ株式会社は、原告に対し、金二億円及びこれに対する平成九年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、別紙被告物件目録一、二記載の物件(以下、同目録一、二記載の物件を順に「被告物件一」、「被告物件二」といい、両者をあわせて「被告各物件」という。)を製造、販売等する被告らの行為が原告の有する特許権を侵害するとして、原告が、被告らに対して、被告各物件の製造等の差止めと損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実(当事者間に争いがない。)

1  原告の有する特許権

原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。

(一) 特許番号 第一八八四七四五号

(二) 発明の名称 カラー画像記録装置

(三) 出願日 昭和五六年一月二八日

(四) 登録日 平成六年一一月一〇日

(五) 特許請求の範囲 手続補正後の明細書(以下「本件明細書」という。)記載のとおりである。

所定の搬送経路に沿って記録媒体を往復又は循環して搬送する搬送手段と、前記記録媒体の搬送路中に設けられ前記記録媒体上の画像記録領域内に記録画像に対応する潜像を形成するとともに前記記録媒体上の画像記録領域外に連続的に略等間隔のレジストマークに対応する潜像を形成する潜像形成手段と、この潜像形成手段により前記記録媒体上に形成された前記記録画像に対応する潜像をそれぞれ異なる色で前記レジストマークに対応する潜像を単一色で各々可視像化する複数の現像手段と、可視像化された前記レジストマークを検出する検知手段と、前記搬送手段を作動し前記記録媒体の同一記録領域に潜像形成と現像とを各色毎に複数回繰り返すことにより合成カラー画像を形成する記録制御手段と、この記録制御手段により各色の潜像形成を行なうに際し、前記検知手段による前記レジストマークの検出に基づいて第2色目以降の最初の潜像形成を開始させるとともに、前記検知手段による隣接した前記レジストマークの検出結果に基づく前記レジストマークの間隔に基づいて前記記録媒体の搬送方向における各色の潜像形成の記録位置合わせを行なうタイミング制御手段とを有し、前記レジストマークに対応する潜像の形成を第1色目に記録する潜像の形成と同時に行うことを特徴とするカラー画像記録装置。

2  本件発明の構成要件

本件発明を構成要件に分説すると、次のとおりである。

(一) 所定の搬送経路に沿って記録媒体を往復又は循環して搬送する搬送手段

(二) 前記記録媒体の搬送路中に設けられ前記記録媒体上の画像記録領域内に記録画像に対応する潜像を形成するとともに前記記録媒体上の画像記録領域外に連続的に略等間隔のレジストマークに対応する潜像を形成する潜像形成手段

(三) この潜像形成手段により前記記録媒体上に形成された前記記録画像に対応する潜像をそれぞれ異なる色で前記レジストマークに対応する潜像を単一色で各々可視像化する複数の現像手段

(四) 可視像化された前記レジストマークを検出する検知手段

(五) 前記搬送手段を作動し前記記録媒体の同一記録領域に潜像形成と現像とを各色毎に複数回繰り返すことにより合成カラー画像を形成する記録制御手段

(六) この記録制御手段により各色の潜像形成を行うに際し、前記検知手段による前記レジストマークの検出に基づいて第二色目以降の最初の潜像形成を開始させるとともに、

(七) 前記検知手段による隣接した前記レジストマークの検出結果に基づく前記レジストマークの間隔に基づいて前記記録媒体の搬送方向における各色の潜像形成の記録位置合わせを行なうタイミング制御手段とを有し、

(八) 前記レジストマークに対応する潜像の形成を第一色目に記録する潜像の形成と同時に行うよう構成されている。

3  被告らの行為

被告オリンパス光学工業株式会社(以下「被告オリンパス」という。)は、静電記録方式のカラー画像記録装置を製造して、被告セイコーインスツルメンツ株式会社(以下「被告セイコーインスツルメンツ」という。)に販売し、被告セイコーインスツルメンツは、右カラー画像記録装置を組み込んだ被告各物件を製造、販売した。

4  被告各物件の構成及び本件発明の構成要件の充足性

被告各物件の構成は、別紙被告物件目録一、二記載のとおりであり、本件発明の構成要件(七)を除き、その余を充足する。

二  主要な争点

1  構成要件(七)の充足性

(原告の主張)

被告各物件は、以下のとおり、本件発明の構成要件(七)を充足する。

(一) 構成要件(七)の解釈

本件発明は、記録媒体が記録部に対して繰り返し往復又は循環されてカラー画像が得られるカラー画像記録装置において、A1やA0サイズの大きな記録紙を扱う場合に記録紙の伸縮に伴う色ずれを防止し、鮮明にしてかつ色ずれの少ないカラー画像を得ることができるカラー画像記録装置を提供するという技術課題に関し、色合わせの指標となるレジストマークを記録媒体上の画像記録領域外に連続的かつ略等間隔に形成し、このレジストマークの間隔を検出することにより記録媒体の伸縮度合いを知り、これに基づいて、記録媒体の搬送方向における記録位置合わせを行うことを技術課題解決手段とするものである。その際、各レジストマーク間隔に対応する箇所(以下「マーク対応エリア」ということがある。)の一つ一つにおいて生ずる画像ラインの微小な位置ずれの解消を課題としているのではなく、微小な位置ずれが累積することにより記録紙末端部で実用に耐えない大きな色ずれが生じてしまうのを防止すること(巨視的観点からみた色ずれ防止)を課題としており、本件発明の構成要件(七)のタイミング制御手段による制御の目的も右のような大きな色ずれを防止することにある。

このような本件発明の右課題解決原理に照らせば、本件発明の構成要件(七)の「レジストマークの間隔に基づいて記録位置合わせを行うタイミング制御手段」とは、記録媒体の画像領域全長に対応するように形成された「連続的に略等間隔のレジストマーク」の各間隔を順次検出することにより得られる「マーク対応エリア」の伸縮度合いを示す情報に基づいて各「マーク対応エリア」毎に各色の画像ライン間の記録位置合わせを行うものであると解すべきである。

本件明細書の実施例に記載されたタイミング制御の態様は、タイミング制御手段が個々の「マーク対応エリア」において記録位置合わせを行う際の具体的方法の一例を示すにすぎない。また、本件発明の出願当時の技術水準に照らし、前記課題解決のために、「記録媒体上の画像記録領域外に連続的に略等間隔のレジストマークに対応する潜像を形成する」という構成を採用したことは、きわめて斬新でかつ画期的な技術であったことに照らすならば、それ自体右課題解決のための具体的かつ画期的技術の開示というに十分である。

本件発明の構成要件(七)の「レジストマークの間隔に基づいて記録位置合わせを行うタイミング制御」の意義を、本件明細書の実施例によって、「記録媒体の各レジストマーク間隔の計測値に基づいてライン間の間隔を調整しライン単位での記録位置合わせを行う制御」であると限定すべきではない。

(二) 構成要件(七)と被告各物件との対比

(1) 被告物件一について

被告物件一は、先行するタイミングマーカの検出と、次のタイミングマーカの検出との間隔が、「標準の間隔」と比較して、短いか、同一か、長いか(マーク対応エリアの伸縮度合い)を把握し、右のようなタイミングマーカ間隔に基づく記録紙の伸縮度合いを示す情報に基づいて、画像ライン記録の態様を変えて、記録位置合わせを行っている。

具体的には、被告物件一は、第二色目画像の第一周期の第1ライン位置を有効な最初のタイミングマーカの位置(第一色目画像の第一周期の第1ライン位置。基準点)と合致させ(原点一致)、第二色目画像のライン位置を示すラインナンバに記録紙の搬送方向の座標上でのスケールとしての役割を果たさせ、各タイミングマーカの前記座標上の位置を右ラインナンバによって検出している。

そして、この検出によって、基準点からの各タイミングマーカの位置を逐次知り(各タイミングマーカ間隔を知り)、記録紙の伸縮度合いを記録位置の補正前にあらかじめ認識し、これに基づいて、ライン追加やライン省略の補正を伴う記録位置合わせを行っている。被告物件一は、tnの時点でライン記録信号のナンバーNが認識されると、t0(基準点)に対応する位置とtnに対応する位置との間隔nM(64+64+・・・+N±ラインの増減分)がわかるので、これと基準間隔nS(64+64+・・・)にラインの増減分を加えたものとを比較することにより、記録紙の伸縮度合いを知り、その結果に基づいて、①「nM」と「nS±ラインの増減分」との差が二ライン分以内の場合には標準のライン形成を、②差が二ライン分を超える縮みがあったときには一ラインを省略し、③差が二ライン分を超える伸びがあったときにはダミーラインを一ライン追加する、という記録位置補正を行っている。

以上から、被告物件一は、連続的に等間隔に形成したタイミングマーカ間の空間的隔たりについての情報、すなわち対応する各「マーク対応エリア」の伸縮度合いを示す情報に基づいて、画像ライン記録の態様を変えて記録位置合わせを行うものである、と認められるので、構成要件(七)の「レジストマークの間隔に基づいて記録位置合わせを行うタイミング制御手段」を備えているといえる。

(2) 被告物件二について

被告物件二は、タイミングマーカの検出毎に、ライン記録信号の状態を示す情報(ライン記録信号のナンバ及びその記録期間、マージン期間、カウントアップ期間)によりタイミングマーカの間隔を認識するとともに、これと「標準の間隔」との長短比較によって、記録紙の伸縮度合い(マーク対応エリアの伸縮度合い)を把握し、右のようなタイミングマーカ間隔に基づく記録紙の伸縮度合いを示す情報に基づいて、マージン間隔T2分以上、カウントアップ間隔T3分以上の色ずれが生じないように、第二色目画像の第1ライン位置を第一色目画像の第1ライン位置に合致させるように、記録位置合わせの補正を行っている。

具体的には、被告物件二については、①記録紙が小さく縮んだ場合(通常考えられる程度の縮み)、②記録紙が大きく縮んだ場合、③記録紙が小さく伸びた場合(通常考えられる程度の伸び)及び④記録紙が大きく伸びた場合の記録位置合わせが考えられるが、①では、タイミングマーカ間の間隔M(t0とt1との間隔、t1とt2との間隔・・・)が認識され、これと基準間隔Sとの比較により、その差(S-M)がマージン間隔T2以下の場合には、タイミングマーカ検知信号をトリガー信号として次の記録周期のライン記録を開始し、次の周期の第1ラインを第一色目の第1ラインに一致させるよう補正が行われ、③では、マーク間の間隔M(t0とt1との間隔、t1とt2との間隔・・・)が認識され、これと基準間隔Sとの比較により、その差(M-S)がカウントアップ間隔T3以下であれば、タイミングマーカ検出信号をトリガー信号として、次の周期の第1ラインを第一色目の第1ラインに一致させるよう補正が行われる(②と④については、位置ずれ補正をしても位置ずれ量は時間の経過とともに増大し、適正な位置ずれ補正が行われなくなり、この場合の記録位置制御は、緊急避難的な意味を持つ例外的な処理となるので、考慮する必要はない。)。

以上から、被告物件二は、連続的に等間隔に形成されたタイミングマーカ間の空間的隔たりについての情報、すなわち、対応する各「マーク対応エリア」の伸縮度合いを示す情報に基づいて、記録媒体の伸縮度合いに応じた記録位置合わせ(記録媒体の伸縮情報に基づく各種トリガー信号により画像ラインの記録周期開始位置を変化させ画像ライン間のずれが所定範囲に収まるようにする記録位置合わせ)を行うものである、と認められるので、構成要件(七)の「レジストマークの間隔に基づいて記録位置合わせを行うタイミング制御手段」を備えているといえる。

(被告らの反論)

被告各物件は、以下のとおり、本件発明の構成要件(七)を充足しない。

(一) 構成要件(七)の解釈

構成要件(七)には、「前記検知手段による隣接した前記レジストマークの検出結果に基づく前記レジストマークの間隔に基づいて前記記録媒体の搬送方向における各色の潜像形成の記録位置合わせを行なうタイミング制御手段とを有し、」と記載されている。右記載中の「前記レジストマークの間隔」は、「隣接した前記レジストマークの検出結果」に基づくものであるから、「隣接したレジストマーク同士の間隔」を意味している。したがって、構成要件(七)は、記録位置合わせのためのタイミング制御手段が、「隣接したレジストマークの間隔」に基づいて行われることを要求していると解するのが自然な解釈である。

構成要件(七)を右のように解釈することは、隣接する二個のレジストマーク同士の間隔をPGパルス数Nで測って記録位置合わせを行う制御態様のみを実施例として示している本件明細書の記載にも合致する。すなわち、本件明細書の記載(発明の詳細な説明、実施例[8欄28行、11欄10行ないし15行、同欄18ないし23行、12欄15行、13欄7及び8行])を参酌すると、レジストマークの間隔を検出するとは、レジストマーク検知手段とカウンタによって、隣接するレジストマークの距離を、記録紙の一定搬送距離ごとに発せられるPGパルスを目盛りとして用いて実測することを指していることが明らかである。このように、PGパルス数によるレジストマーク間隔の計測(実測)の手段は、レジストマークの間隔を検出する方法として本件明細書に開示された唯一のものであって、他の方法ないし手段を説明ないし示唆する記載は一切存在しない。同じく、本件明細書の記載(発明の詳細な説明、実施例[8欄8行ないし12行、同欄40行ないし9欄2行、11欄10ないし15行、同欄18ないし25行、同欄28ないし37行、同欄41行ないし12欄3行、同欄4ないし9行])を参酌すると、本件発明における「タイミング制御」は、検出されたレジストマーク間隔の実測値の大小に応じてライン単位の書き込みを行うタイミングパルスの間隔を調整するという制御、換言すればレジストマークの間隔に応じてライン間隔を増減するという制御を意味していることが明らかであり、右のような制御を行う手段が「タイミング制御手段」であると解される。本件明細書には、右以外のタイミング制御の態様、手段については記載も示唆もない以上、明細書に具体的に開示された右の手段に限定されるというべきである。

本件発明の特許請求の範囲の記載は、機能的ないし抽象的な表現をとっている以上、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて発明の構成要件を解釈して、発明の技術的範囲を確定すべきである。

画像記録装置において、記録位置合わせのために記録紙に付けた印(マーク)を利用するという技術は、その出願当時すでに、例えば、米国特許第四〇〇七四八九号が存在したように、格別新規なものではないから、原告主張のように、本件発明を出願当時、特に斬新なものとして技術的範囲を広く解釈する理由はない。

以上から、本件発明の構成要件(七)の「レジストマークの間隔に基づいてーー記録位置合わせを行うタイミング制御手段」とは、レジストマークの間隔の計測値(実測値)の大小に応じて静電記録ヘッドによる画像ラインの書き込み(記録)のタイミングを調整する(ライン間隔を増減させる)制御を行う手段であると解釈すべきである。

(二) 構成要件(七)と被告各物件の対比

(1) 被告物件一について

被告物件一のカラー画像記録装置は、以下のとおり、本件発明の構成要件(七)を充足しない。

すなわち、被告物件一のカラー画像記録装置は、「被告物件目録一」の二(二)(2)②に記載されたとおり、ラインの記録を所定の間隔で行い、所定数(64ライン)のラインを記録している間(一記録周期中)に次のタイミングマーカが検出されるか否かに応じて、ラインを省略し又はダミーのラインを追加するといった記録位置合わせを行っている。記録紙が伸びたとき(記録紙が所定距離送られても次のタイミングマーカが検出されないとき)にはラインを追加し、記録紙が縮んだとき(記録紙が所定距離送られる前に次のタイミングマーカが検出されたとき)にはラインを省略することによって記録位置合わせを行っている。タイミングマーカを検出してから、64ラインを記録している間、後続タイミングマーカは未検出であり、装置は当該タイミングマーカと後続のタイミングマーカの間隔を認識していない。このように、被告物件一は、タイミングマーカを検出する毎に、タイミングマーカ検出と第1ラインとの乖離をなくす方向へ補正をする制御を行っている。

このような制御は、本件発明の構成要件(七)にいう「レジストマークの間隔に基づく」タイミング制御ではない。

原告は、被告物件一について、基準点(t0)からのタイミングマーカの間隔(距離)が認識されることにより、各タイミングマーカの間隔に基づく記録位置補正がされている旨主張するが、失当である。

すなわち、被告物件一では、タイミングマーカ検出時点におけるライン記録信号のナンバNは認識しているが、そのNの数値からタイミングマーカ間隔を認知するようなことはしていない。エンコーダパルスをカウントするカウンタは、一記録周期が終わる毎にリセットされるし、検出したタイミングマーカの個数をカウントするカウンタも存在しないので、被告物件一では、何周期目の記録が行われているかは認識され得ない。基準点(t0)からのタイミングマーカの間隔(距離)が認識されるためには、タイミングマーカが検出された時点で「64+64+64・・・+N±ラインの増減数」という計算によって基準点とタイミングマーカとの間隔を認識することが必要となる。そのためには、①タイミングマーカ検出時点が何番目の記録周期であるか、②それまでに何ラインの増減が行われたか、を認識し記憶する必要が生ずるが、被告物件一には、右のとおり、①を認識する手段も、②のラインの増減数を記憶する記憶手段もないし、ライン数の加算・減算を行ったり、書き込まれたライン総数をカウントしたりする手段も存在しない。よって、被告物件一においては、原告の主張するような基準点t0とタイミングマーカtnとの間隔は認識され得ない。

しかも、原告の主張は、被告物件一において、第二色目の第1ライン位置を有効な最初のタイミングマーカの対応位置(第一色目画像の第一周期の第1ライン位置)に合致させる(原点一致)ことが前提となるが、被告物件一では、そのような前提が成立しない。被告物件一では、第二色目の各周期の第1ラインの書き出しは、タイミングマーカ検出に同期するのではなく、タイミングマーカ検出直後のエンコーダパルスに同期するから、第一色目から第二色目の記録にかけて紙に伸縮がなく、かつ、この間にエンコーダパルスと紙の搬送距離とが寸分のずれなく対応しない限り、原点は一致しない。

以上のとおり、被告物件一のカラー画像記録装置は、記録位置補正の制御が「マークの間隔に基づいて」行われているとはいえないため、本件発明の構成要件(七)を充足しない。

(2) 被告物件二について

被告物件二のカラー画像記録装置は、以下のとおり、本件発明の構成要件(七)を充足しない。

すなわち、被告物件二のカラー画像記録装置における記録位置合わせの態様は、「被告物件目録二」の二(二)(2)②に記載されたとおり、ラインの記録を所定の間隔で行い、所定数(32ライン)のラインを記録している間(一記録周期中)に次のタイミングマーカが検出される否かに応じて、カウントアップ信号、ライン記録終了信号、タイミングマーカ検出信号のいずれかをトリガー信号として、次の記録周期のライン記録を開始するものである。その際、記録実行時にはその記録が行われる領域の記録紙の伸縮度合いを知るために必要な後続のタイミングマーカは未検出であって、装置は当該タイミングマーカと後続のタイミングマーカの間隔を認識することはない。被告物件二は、タイミングマーカの検出毎に第1ラインとタイミングマーカとの乖離を少なくする方向で第1ラインの記録開始時点を補正する制御を行っている。

このような制御は、本件発明の構成要件(七)にいう「レジストマークの間隔に基づく」タイミング制御でもない。

原告は、被告物件二について、記録紙の伸縮が、①記録紙が小さく縮んだ場合(通常考えられる程度の縮み)、③記録紙が小さく伸びた場合(通常考えられる程度の伸び)、各タイミングマーカの間隔に基づく記録位置補正がされている旨主張するが、以下のとおり、失当である。

被告物件二においては、タイミングマーカの間隔を認識し、その認識結果に基づいて記録位置を補正するという制御は行われておらず、そこで行われているのは、タイミングマーカの検出時点が「記録期間T1」の領域内なのか、「マージン期間T2」の領域内なのか、「カウントアップ期間T3」の領域内なのかという判断だけであり、それ以上のことは把握していないので、タイミングマーカの間隔を知ることはできない。被告物件二には、タイミングマーカの間隔を知るために必要な、経過時間を認識し、計算を行うという手段が存在しない。しかも、原告の主張は、②と④の場合を全く無視しており、妥当でない。また、被告物件二において、タイミングマーカと各記録周期の第1ラインが一致(原点一致)するとの誤った前提による点でも、失当である。被告物件二では、第1ラインを書き込むトリガーがマージン期間T2及びカウントアップ期間T3の中にある場合を除きタイミングマーカ検出と各記録周期の第1ラインは一致しない。

したがって、被告物件二のカラー画像記録装置は、記録位置補正の制御が「レジストマークの間隔に基づいて」行われているとはいえないため、本件発明の構成要件(七)を充足しない。

2  損害額

(原告の主張)

被告オリンパスは、昭和六二年一〇月より被告物件一用のカラー画像記録装置の製造販売を開始し、平成六年二月より、被告物件二用のカラー画像記録装置の製造販売を開始した。

被告セイコーインスツルメンツは、被告オリンパスから、被告物件一については昭和六二年一〇月より、被告物件二については平成六年二月より、カラー画像記録装置の供給を受け、これを被告各物件に組み込んで同物件を製造販売している。

被告セイコーインスツルメンツによるカラー静電プロッタの平成四年ないし同九年までの売上台数は八一〇台である。右期間に販売された総売上額は、七四億五〇〇〇万円であり、一台当たりの平均販売価格は約九一九万円である。

被告オリンパスの被告セイコーインスツルメンツに対するカラー画像記録装置の販売価格は、プロッタ業界での業界標準的な販売かけ率によれば、被告セイコーインスツルメンツの実販売価格の約四割程度と考えられるので、被告オリンパスの被告セイコーインスツルメンツへの販売価格は一台につき少なくとも三六七万円は下らない(9,190,000×0・4)。被告オリンパスは本件発明の出願公告以後の平成四年ないし同九年までの間に少なくとも二九億七二七〇円の売り上げを上げていたといえる(3,760,000×810)。

本件発明の解決課題である記録時の色ずれ防止は、カラー静電プロッタにおいては必要不可欠の技術であり、この技術なしでは、カラー静電プロッタは実用的な製品たり得ない。また、被告各物件における本件発明の使用率はほぼ一〇〇パーセントに近い。そうすると、本件特許権の実施料率は、一〇パーセントを下らない。

したがって、原告は、被告オリンパスの被告各物件用のカラー画像記録装置の製造販売により、同被告の平成四年ないし同九年までの売上額である二九億七二七〇万円の一〇パーセントに相当する二億九七二七万円の実施料相当額の損害を、また、被告セイコーインスツルメンツの被告各物件の製造販売により、同被告の同期間の売上額である七四億五〇〇〇万円の一〇パーセントに相当する七億四五〇〇万円の実施料相当額の損害を被った。

よって、原告は、被告らそれぞれに対し、右各内金の二億円の各支払を請求する。

(被告らの反論)

原告の主張は争う。

被告オリンパスによる被告セイコーインスツルメンツに対する、被告物件一用のカラー画像記録装置の販売開始時期は、昭和六三年四月であり、同セイコーインスツルメンツは、右時期より少し遅れて同年中に被告物件一の販売を開始した(被告物件二の販売時期については争わない。)。

被告セイコーインスツルメンツによる被告各物件の販売台数は、合計五六九台で、その売上総額は概算で三八億円である。被告オリンパスが被告セイコーインスツルメンツに販売した被告各物件用のカラー画像記録装置は、販売台数が五六九台で、その売上総額は約一三億九〇〇〇万円である。

被告各物件における本件発明の使用率が一〇〇パーセントに近いとはいえない。実施料率が、一〇パーセントを下らないとの主張も認められない。

第三争点に対する判断

一  構成要件(七)の充足性について

1  本件発明の構成要件(七)の解釈

本件発明の特許請求の範囲の構成要件(七)に係る部分は、「前記検知手段による隣接した前記レジストマークの検出結果に基づく前記レジストマークの間隔に基づいて前記記録媒体の搬送方向における各色の潜像形成の記録位置合わせを行なうタイミング制御手段とを有し、」と記載されている。

構成要件(七)の「前記レジストマークの間隔に基づいてーータイミング制御手段」の意義は、「隣接した前記レジストマーク」が検出され、その結果、「前記レジストマークの間隔」に基づいて「タイミング制御」を行うと記載されているのであるから、字義どおり、隣り合った位置関係にあるレジストマーク間の距離を認識し、これを基礎にして行うタイミング制御手段という趣旨であることは明らかである。

これに対して、原告は、構成要件(七)におけるタイミング制御は、記録媒体の画像領域全長に対応するように形成された「連続的に略等間隔のレジストマーク」の各間隔を順次検出することにより得られる「マーク対応エリア」の伸縮度合いを示す情報に基づいて各「マーク対応エリア」毎に各色の画像ライン間の記録位置合わせを行うものと解すべきであると主張する。

しかし、特許請求の範囲の構成要件(七)に係る部分の記載が前記のとおり二義を許さないほど明確であること、及び本件明細書の実施例として、レジストマークの間隔をカウンタにより実測し、この実測した間隔を基に、対応する記録ラインの間隔を制御するもののみが記載され、その他の方法を示唆する記載は全くないこと、当初明細書(原出願)における特許請求の範囲又は発明の詳細な説明のいずれにも、レジストマークの間隔を実測しないものについての示唆がないことに照らすならば、原告の右主張を採用することはできない。

2  本件発明の構成要件(七)と被告物件一との対比

被告物件一は、「被告物件目録一」の二(二)(2)②に記載されたとおり、記録紙に伸縮が生じた場合、64ラインの記録を一周期とする各周期の何番目のライン記録中にタイミングマーカが検出されるかに応じて、(ⅰ及びⅲ)記録位置合わせの補正をしなかったり、(ⅱ)各周期の最終ラインを間引いて記録位置合わせの補正をしたり、(ⅳ)各周期の最終ラインの次にダミーラインを挿入して記録位置合わせの補正をしたりする(当事者間に争いがない。)。

このように、被告物件一においては、各記録周期の第1ラインから数えて何番目のライン記録中にタイミングマーカが検出されているかによって、ラインを間引いたり、ダミーラインを挿入したりする手段が採用されているが、先行のタイミングマーカと直後のタイミングマーカの間隔が認識されることはない。仮に、被告物件一において、各周期の第1ライン記録がタイミングマーカの検出と同時に行われるのであれば、第1ラインから数えて何番目のライン記録中にタイミングマーカが検出されるかに関する情報は、タイミングマーカ同士の間隔に関する情報であると解する余地もなくはないが、右のとおり、被告物件一において、第1ライン記録は、タイミングマーカの検出と同時に行われるものではないから、この点からも、タイミングマーカの間隔を認識しているとみることはできない。

したがって、被告物件一は、隣り合った位置関係にあるタイミングマーカ同士の間隔を認識し、これを反映させて、タイミング制御を行っていると認める余地はない。

原告は、被告物件一は各タイミングマーカの間隔を認識していると主張するが、以下のとおり採用できない。

まず、被告物件一においては、第二色目画像の第一周期の第1ライン位置を有効な最初のタイミングマーカの対応位置(第一色目画像の第一周期の第1ライン位置)に合致させ(原点一致)、基準点からの各タイミングマーカの位置を逐次知るという構成を採っていない。すなわち、「被告物件目録一」の二(二)(1)①ⅰに記載されたとおり、被告物件一において、各ラインの書き出しは、タイミングマーカ検出に同期するのではなく、タイミングマーカ検出直後のエンコーダパルスに同期しているが、第一色目から第二色目の記録にかけて、記録紙に僅かであっても伸縮が生じている通常の場合を想定すると、そのような場合、タイミングマーカを検出して以降、エンコーダパルスに同期して第二色目画像の第一周期の第1ラインが記録されるまでの間に、伸縮分が加算または減算される結果、第二色目画像の第一周期の第1ライン位置が第一色目画像の第一周期の第1ライン位置に一致しないことになる。したがって、原告は、被告物件一において、原点一致という構成を採っているとの前提で、各タイミングマーカ間隔を認識していると主張するが、原告の右主張は、前提において採用できない。

また、仮に、右の原点一致が認められたとしても、タイミングマーカが検出された時点で「64+64+64・・・+N±ラインの増減数」という計算によって基準点からのタイミングマーカの間隔を知るためには、当該タイミングマーカ検出時点が何番目の記録周期であるか、それまでに合計何ラインの増減が行われたか等の履歴情報を認識し記憶した上で、それらの数値を演算することが必要となるが、被告物件一にそのような機能、手段が備わっていることを認めるに足りる証拠がない。したがって、この点からも、各タイミングマーカの間隔を認識しているとの原告の主張は、採用できない。

以上のとおり、被告物件一は、記録位置補正のタイミング制御が、隣り合った位置関係にあるレジストマーク同士の間隔を認識し、これを反映させて、行われているとはいえないので、本件発明の構成要件(七)を充足しない。

3  本件発明の構成要件(七)と被告物件二との対比

被告物件二は、「被告物件目録二」の二(二)(2)②に記載されたとおり、32ラインの記録を一周期とする各周期の「最終ライン記録中」「最終ライン記録後のマージン期間中」「同マージン期間経過後」のいずれのタイミングでタイミングマーカが検出されるかに応じて、最終ライン記録後のマージン期間の長さを変化させることにより、記録位置補正の制御を行っている。すなわち、32ラインの記録の終了後に、(ⅰ)マージン期間T2の範囲内で記録紙が小さく縮んだ場合は、後続のタイミングマーカの検知信号をトリガーとして、次の周期の第1ラインの記録を開始し、(ⅱ)記録紙が大きく縮んで、記録ラインの記録中にタイミングマーカが検出された場合は、第32ラインまで記録を終了し、ライン記録信号をトリガーとして、マージン期間T2なしで、次の周期の第1ラインの記録を開始し、(ⅲ(a))記録紙が伸びて、後続のマージン期間T2内にタイミングマーカが検出されず、かつ、カウントアップ期間T3を越えるような場合にはカウントアップ信号をトリガーとして、次の周期の第1ラインの記録を開始し、(ⅲ(b))記録紙が伸びて、T3の範囲内で後続のタイミングマーカが検出された場合には、タイミングマーカの検知信号をトリガーとして、次の周期の第1ラインの記録を開始することとされている。

このように、被告物件二においては、32ラインのラインを記録している間に、次のタイミングマーカが検出される否かに応じて、カウントアップ信号、ライン記録終了信号、タイミングマーカ検出信号のいずれかをトリガー信号として、次の記録周期のライン記録を開始する手段が採用されているが、先行のタイミングマーカと直後のタイミングマーカの間隔が認識されることはない。また、被告物件二では、前記のⅱ及びⅲ(a)の場合に、タイミングマーカ検出と各記録周期の第1ラインは一致しないのであるから、隣り合った位置関係にあるタイミングマーカ同士の間隔を認識し、これを反映させて、タイミング制御を行っているといえないことは明らかである(原告は、右のⅱ及びⅲ(a)の場合については、緊急避難的な記録制御として考慮すべきでないと主張するが、構成要件の充足性について、このような観点で判断することはできず、採用の限りでない。)。したがって、被告物件二が、右タイミングマーカの間隔を計測して、これに基づいてタイミング制御をしていることを認める余地はない。

以上のとおり、被告物件二は、記録位置補正のタイミング制御が、隣り合った位置関係にあるレジストマーク同士の間隔を認識し、これを反映させて、行われているとはいえないので、本件発明の構成要件(七)を充足しない。

二  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 沖中康人 裁判官 石村智)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例